
東京都青梅市は、かつては村全体が桃の花で紅色に染まるほど、桃の栽培が盛んに行われていた風光明媚な地です。
この豊かな自然に囲まれた場所に、夫婦で営む平田鍛刀場があります。
平田鍛刀場は、砂鉄から「玉鋼」を自家製鉄して刀剣を製作する数少ない工房です。日本刀を作りながら、その技術を応用して包丁やナイフを制作しています。
日本と日本刀の魅力に触れる

夫の平田祐平(ひらた すけひら)さんは、玉鋼を加工し日本刀を作り出す刀工を務め、妻ののどかさんは、砂鉄から玉鋼を生み出す村下(むらげ)という職人を務めています。
大人気アニメ「鬼滅の刃」の音源も提供している鍛刀場です。
玉鋼とは、日本古来の製鉄法「たたら製鉄」でしか製造できない純度の高い鋼のことで、日本刀などの刃物を作るうえで欠かせない材料です。
たたら製鉄は、特殊な炉(たたら)を使用して砂鉄を溶かし、鉄を抽出します。この炉は、粘土や砂を混ぜて作られ、内部には炭火を用いて高温を生み出します。
砂鉄と炭を層にして炉に入れ、長時間にわたって加熱することで、酸素と鉄が分離し、鉄は炉の底に溜まります。この鉄塊を「玉鋼」と呼び、これをさらに鍛えて製品に加工します。
日本の刀鍛冶の多くは、同じ玉鋼を使っていますが、平田鍛刀場では自らで制作した玉鋼を使用する事で、唯一無二の刃物を制作しています。
世界唯一の女性村下(むらげ)

製鉄の技術は、近世まで一子相伝といわれていました。
平田のどかさんは、刀工であるご主人の祐平さんからその技術を学び、非常に難しいとされるたたら製鉄を数年で習得しました。
祐平さんが村下と刀作りの二つのことをしていたため、手伝うようになり、盛大な失敗をしたこともありました。しかし、祐平さんはそれを責めずに、失敗の原因を一緒に考えてくれたそうです。
祐平さんは、「手ほどきはしたが、失敗しながら発見し、のどかさんが創意工夫しながらどんどん上手くなった」と言います。
のどかさんは、なぜかたたら製鉄に心惹かれていたそう。
後になって、自身に村下の血が流れていたことを知り、「これは運命だ」と思ったと言います。
のどかさんの曾祖父がたたら製鉄を研究していたのです。
鋼は、砂鉄や炭の違い、その日の気温や炎の温度、体調によっても、まるで人間のように表情を変えるのだそうです。
のどかさんは、「自然の物なので、玉鋼は二度と同じものはできません。技術によっても品質の差がでます。製鉄の段階からどういった鋼を作るかを細部まで調整できるのも、手作業で行うたたら製鉄の魅力であり、醍醐味でもあるんです。」と話してくれました。
鉄への熱い思い

平田祐平さんは、刀鍛冶になるために、岡山県の長船町へ移住し、自家製鋼の名手である上田祐定(うえた すけさだ)刀工に弟子入り。自家製鋼と鍛刀技術について13年間修行に励みました。
刀作りは習得するのが難しいとされているうえに、何年も修行を積んで技術を身につける必要があります。技術だけでなく作法や知識、常識も習得しなければなりません。
修行の奥深さ、難しさ、そして厳しさは、生半可な気持ちでは到底なしえないものなのです。
祐平さんは、どうしてそんなにも厳しく難しい刀工への道を目指したのでしょうか。
時代劇が好きな子供だったと言います。
刀にも興味があり、高校生の時に剣道をはじめました。
武道においては、技を磨くことと心を磨くことは同義であり、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養います。
剣道を通じて「礼に始まり礼に終わる」「作法を守り相手への敬意を示す」「全てに感謝する」などの日本の文化の神髄に触れ、高校を卒業したら、この関係の仕事につきたいと思うようになりました。
刀剣の展示で古刀を見て、とても人の手で作られたとは思えないその完成された美しさや自然物に近い生命力に魅了され、刀鍛冶を目指したと言います。
祐平さんは、「刀鍛冶の魅力は日本の砂鉄を使えること。和鉄で作った刃物は、よく切れ、切れの良さが長続きし、そして研ぎやすい。要は人間にとって扱いやすいんです。また、古刀は今の刀鍛冶には再現することができず、まだ研究したりないところも魅力です。」と話してくれました。
選び抜かれた自然の恵みと職人の卓越した技術によって作り出される、伝統と実用性を兼ね備えた日本の刃物の魅力に触れてみませんか。